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『ねこ教』を信仰したらもっとカッコよく生きられるニャン

宗教の話ってタブーだよね(゜_゜)

それは分かってはいるんだけど、それでも私は『ねこ教』を布教したい。ライバル宗教は『いぬ教』なんだけど、最近我らねこ教も負けていないはずだ。

ここらで一発勢いを増すためにねこ教の教えを3つ布教していく。

【ねこ教の教え①】私たちはもっと人にも甘くなるべきだニャン

まず、ねこってのはいたずらをしては怒られているくせに全く反省の色が無い(゜_゜)

そそくさと逃げてはまた同じいたずらを繰り返す。そして怒られる。

でも、なんとなく許してしまう。

いや、なんとなくではない。

ただ可愛いのだ。可愛いから許されるのだ。

怒られていると分かりつつも、やらずにはいられないその姿が愛しくてしょうがない。

甘い。どう考えても甘すぎる。でもそれでいい。

えーと、つまり何が言いたいかと言うと、

「私たちはもっと人にも甘くなるべきだ」

たまには「可愛い」だけを理由に許したって良い。

だって可愛いは正義なのだ。

ちなみにこの「人」には自分も含まれます。

自分に甘くなってしまうところも丸ごと愛してあげよう。

【ねこ教の教え②】ねこの生き方を見習うと、人はもっとカッコよくなれるニャン

こんなに堂々とイタズラをして許されるねこはどんな神様よりもスゴイ存在だと思う。

観葉植物をかじかじしたり、机の上のモノを次から次へ落としていく愚行はたとえ神様でも許すまじ。

ねこは怒られても怒られても生き様を変えない。

そのうち怒っているこっちが折れて、その飄々とした態度に憧れを持つ。

「ねこのように自分を曲げずに生きられたらどんなにいいだろう」と。

でも本当にねこは怒られても気にしていないのだろうか?

それはねこに聞いてみないとわからない。(けど反省して無さそうではある)

ここで大切なのは、気にしているか気にしていないかではなくて、「いかに飄々とできるか」だ。

傷つきやすい人は、まずは「飄々とする」といい。

傷ついてもいいし、気にしたっていいからそれでも飄々とする。

ベクトルを無理やりプラスに持って行くのだ。

累計納税額日本一の斎藤一人さんを書いた本『大商人の教え』でも、「いくら楽しいテレビが見たい!と思っていても、付けているチャンネルが『悲しい』だとそれは結果的に悲しいになってしまうんです」的なことを言っていた(゜_゜)

つまり出来事っていうのは、思いじゃなくて行動によって起こるもの。

考え方を変えただけで人生が変わった!って人は、それは「考え方」が「行動」を変えて、その「行動」が「人生」を変えたのだ。

思っているだけでは人生は変わらない。

だからまずは気持ちが悲しくても、行動は飄々としよう。

そうすると不思議と悲しい気持ちが気にならなくなる。

そんな姿はどこかネコのようにかっこよく見えるだろう。

これで君も立派なねこ教の一員だニャン。

【ねこ教の教え③】困った時は「ニャ-ン」とでも言っておけばいいニャン

ちなみにこれは最強の教えだ。

困った時、よくわからない話をされた時、嫌いな奴にマウントを取られた時、とりあえず心の中で「ニャーン」とでも言ってかわいこぶっておけば、何となく落ち着く。

騙されたと思って一度試してほしい。

今日いけ好かない奴に嫌なことを言われたら「ニャーン」と言うんだぞ。わかったか?

ねこはいつでも我らの味方だ。

▼ねこ教の人間も、いぬ教の人間も読んでほしい漫画はこれだニャン

二度と読みたくないマンガ『星守る犬』『続・星守る犬』

▼「最近の若者は」って言ってきた上司にモノ申す

「最近の若者は」発言する人は「時代について行けない」と言ってるのと同じ。ちゃんとついておいで。

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