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『すばらしい日々』/ よしもとばなな 読書記録

「この気持ちを忘れなければ、きっとこれからも生きていけそうな気がする。」
人生にはそんな瞬間がいくつかあるのだ。
そんな瞬間をお守りにしながら、人生が終わるその時まで、なるべく楽しく一生懸命に生きる。

この本を読んで学んだ4つのことをまとめました。

・当たり前の日常を違う角度から見たい。
・これからの人生を過ごしていくことに少し不安がある。
・今まで選んできたものが、間違っているような気がする

そんな方に読んでほしい。そんな一冊です。

変化するところ、しないところ、その2つがあって物事が続いていく

ものごとが百年続くためには、変化を受け入れながら変化させない部分を作っていかなくてはいけない。

老舗100年のお店。
同じものがずっと続いているのはどこか退屈に見えて、大変そうだな、と思うことがある。

でも実際のところそんなわけはない。
ずっと続いている、ということはずっと同じことをしているわけではないのだ。
同じように愛されるために、少しずつ前向きな変化をしている。
シンボルのような軸はしっかりと持ったまま、少しずつ変わっているのだ。

人間だって同じだ。何年も変わらないまま、ありのままで愛すのは他人どころか自分自身でもなかなか難しい。

変わらない部分と、変わっていく部分を持つ。
そうやって新しい自分を好きになっていく。誰かも、自分も。

「好きだから」でやっている内はプロにはなれない

主婦たちと旅に出ると、みな「家事から解放されたくて」などと言っても宿の部屋を片付けたりお茶をいれはじめる。
「もしかしたら、好きなんじゃないの?」と思っていた。
でも違う、体がそのように自然に動くんだ、とわかってきた。
野球選手がストレッチするように、書道家が墨をするように、家事のプロは家事をしてしまう

「趣味を仕事にしたくない」という人は、大きくいってしまうと「プロになりたくない」ということだと思う。

プロになってしまうと、好きなことが習慣になってしまい、「やりたい!楽しい!」という気持ちも忘れて当たり前のように取り掛かってしまう。
好きの気持ちがあれば必ずそこには嫌いの気持ちもある。その気持ちの部分さえも通り越してしまうのがプロなのだ。

つまり好きだからやっている内はまだまだプロになれないらしい。がんばれ私。

逃げても逃げなくても、受け止めるものがあるからどっちを選んでもいい

辛い出来事から逃げた人のことをずるいな。と思うことがある。

難しい仕事から逃げたり、人に押し付けたり、辛い出来事から目を背けたり。
そんな人たちのことを、ずるいな。と思っていた。

でも別にずるいわけではなかったのだ。
逃げたから楽をしている、とか、そういうわけではないのだ。

逃げた人は逃げたことを受け止め、逃げなかった人は逃げなかった悲しみと強さを受け止め、ただそれぞれの人生が過ぎていくんだな、そう思う。
どっちがいいということもない。どっちも受け止めるものがある。
なにを選ぶかだ。

ばななさんの意見を完全に正しい!というわけではないけれど、これに関しては本当にそう

私も辛い仕事から逃げて転職したことがあるが、やはり負い目は少しついてくる。
後悔はしていなくても、「自分は逃げたんだ」という気持ちを受け止めなければいけない。

だから結局のところどちらを選んでもいい。
何を背負うかぐらいは自分で選べばいい。

これがあれば生きていけるという経験をお守りにして生きていく

私の今の職場は、相当ブラックだと思う。
正社員なのにボーナスは出ないし、有給もなぜかほとんどつかない。それに給料を労働時間で割ったらバイトさんよりもずっと安価で働かされている。おまけに上司には死ぬほど怒られる。
『この仕事に希望はない。』
そんなことすぐ気づいていたのに「辞めます」とすぐに言えなかった。

希望を持ちたかったのだ。そんなのあるわけもないのに。それでも1度逃げたことのある業界でもう1度チャレンジしたからには簡単に逃げ出したくない意地があったのだ。

よしもとばななさんのお父様が亡くなられる前に、病院にお見舞いに行くたびに、いつも逃げ出したくなっていたそうだ。死にゆこうとしている父に会うのが怖い。そう思っていたらしい。

そんな辛い日々の中から生まれた言葉は、私の中にストンと落ちてくれた。
私のちっぽけなプライドから生まれた「逃げたくない」という気持ちは、無駄じゃなかったのだ。

悲しいこともあるけれど、それもいつかは味方になってくれると信じて。

あのものすごい向かい風の中でじっとがんばるような気持ち。
なんの希望もないのに逃げないということ。
あれを経験したら、そうとう自分は変わったと思う。
きっと自分が死ぬときにも、なんの希望もないのに最後まで逃げないでいられる、そんな気がするのだ。

すばらしい日々 (幻冬舎文庫)
「父が入院している病院の階段をのぼるときいつも逃げ出したかった。死にゆこうとしている父に会うのがこわかった」。父の脚をさすれば一瞬温かくなった感触、ぼけた母が最後まで孫と話したがったこと。老いや死に向かう流れの中にも笑顔と喜びがあった。愛する父母との最後を過ごした〝すばらしい日々〟が胸に迫る。発見と癒しに満ちたエッセイ...

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